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■ 書籍:101歳の少女

■ 書籍:101歳の少女



男が男を尊敬する。

言葉で言えば簡単だが心底から思うのは極稀である。

私はドイツの作曲家、指揮者のフルトヴェングラーを敬愛しています。

本棚にはほとんど完璧に本を揃え音源も出来る限りコレクションしている。

ですからフルトヴェングラーに関する造詣は深いと自負しています。2014年3月9日

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ワイン専門店ピノ ノワール店主からおすすめ書籍のご案内です。

毎月、数多くの書籍を乱読する私。

タイトルから興味が沸いて購入する場合や、趣味から派生して購入する場合。

また、暇潰しに購入する場合と様々です。

そんな乱読人間の私が、ご推薦する書籍はクラシック音楽の本〜

男が男を尊敬する。
言葉で言えば簡単だが心底から思うのは極稀である。
私はドイツの作曲家、指揮者のフルトヴェングラーを敬愛しています。
本棚にはほとんど完璧に本を揃え音源も出来る限りコレクションしている。
ですからフルトヴェングラーに関する造詣は深いと自負しています。
そんな私ですら知らなかった逸話が101歳のエリザベート夫人がクラウス・ランゲに語りました。
惜しくもその翌年102歳で彼女は他界します。
しかもフルトヴェングラーと奥様の往復書簡も公開された。
ランゲは「フルトヴェングラーとチェリビダッケ」も執筆した人物である。
この本は一読の価値有り。★★★★★

★ エリザベート フルトヴェングラー
  101歳の少女
  フルトヴェングラー夫妻、愛の往復書簡
  クラウス・ランゲ著

フルトヴェングラーのプレイボーイ伝説は有名。
奥様から未婚の子供が別々の女性と5人認知されているとの発言に素直に受け留める事も出来る。
しかもフルトヴェングラーの音楽的遺伝子を欲しがった女性が一夜だけを共にし子供ができた。
その子供も勿論認知しているそうです。
そんな話も彼女から飛び出しさすがに驚きました。
でもわかる彼の指揮したリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」を聴いて御覧なさい。
とても甘美で魅惑的だから。

そしてフルトヴェングラーとカラヤンの関係。
2人は生前に会話は全く無かった。
しかしエルザベート夫人はカラヤンと2人でウィーン、ザルツブルクで散歩をしたそうです。
嫉妬深いフルトヴェングラーが天国で見ていたらどんな表情をするのだろう。
天国でベートーヴェンの交響曲第7番の2楽章を思うに違いない。
フルトヴェングラーはベートーヴェンやブラームスの作品に感動していた。
しかし、カラヤンは自分が指揮した作品に全く感動していなかったと発言します。
私も同感である。その違いが根底にあり同じ作品でも最終的に別の響きになってしまう。
第3代ベルリン・フィル首席指揮者が亡くなっても追悼コンサートをしない後任カラヤン。
没後10、20年。生誕80、90年と31年間、何もしなかったカラヤン。
ようやく1986年の生誕100年でシューベルトとシュトラウスを指揮した。
エリザベート夫人曰く「おそらく比較されたり批評をされることを恐れていた。」
そう、カラヤンは第三者から見られる自分のイメージを気にする気弱なナルシストだから・・・。

エリザベート夫人が95歳の時。
クルト・マズアの楽屋を訪ねた。とても感動したマズア。
彼はゲヴァントハウスのシェフを26年間していたからだ。
フルトヴェングラーも1922年に楽長をしていたから大先輩となる。
伝説の指揮者の奥様が楽屋訪問とは感動の二文字に違いありません。

筧 利夫さんや平幹二朗さんの演劇でおこなわれたテイキングサイド。
私は、舞台を鑑賞しませんでした。
私のイメージと違う演出やわかりもしない俳優が演じるのをとても滑稽に感じたからです。
これは20年前の1993年に南ア生まれのイギリス人ハーウッドが執筆しました。
エリザベート夫人はこの作品に付いてコメントしていますが実に面白い。

現在でもフルトヴェングラーの薫陶を受けた音楽家はいる。
ピアニスト、指揮者として活躍しているダニエル・バレンボイム。
彼は11歳であった時ザルツブルクでフルトヴェングラーにピアノの演奏を聴いてもらう幸運を得る。
そして音楽性を高く評価されています。
彼の音楽は年を重ねる毎に無用な華やかさが消え謙虚な音楽になっている。
まだまだいるクラシック音楽を背負うベルリン子のティーレマン。
フルトヴェングラーの音楽に関心を持ち影響を受けたと発言しています。
最後にカルロス・クライバーとの長きに渡り続いた文通。
これは、驚きました。
カルロスの父親も偉大な指揮者であるエーリッヒ。
フルトヴェングラーとは対照的な上品で正確な音楽。
彼らは同年輩。
ベルリンでフルトヴェングラーを追うように活躍。
2人共、ナチス政権下で断固政権に対峙。
フルトヴェングラーは前衛すぎると厳しく弾圧されたヒンデミットを擁護。
クライバーはアルバン・ベルクを擁護。
フルトヴェングラーは対峙しながらドイツに留まりクライバーは亡命。そんな関係。

息子カルロスは天才的なインスピレーションを持ちながら気難しくとてもデリケート。
偉大な父親との葛藤に終生苦しみ抜いた。
そうなるのを予見していた父エーリッヒは他の道を勧めた。
しかもチャイコフスキーをガラスの心も持ち主と言った人がいますが、カルロスはそれ以上なのにさ。
不思議な事にカルロスのコンサートにエリザベートは聴きに行ったこともなく
それ以上に会ったこともないそうです。
これまたチャイコフスキーとフォン・メック夫人との関係に似ている。
この場合は富豪未亡人であったメック夫人の多額の寄付付きですが・・・・。
クライバーがエリザベート夫人のコンサートを聴きに行きたいという要望から田園の録音を送ってきた。
カルロスの田園はまた風変わりでとてもテンポが遅い。
一度聴いて下さい。

最後に熱烈な日本のフルトヴェングラー愛好家についてもコメントしています。
今年は奥様であるエリザベート夫人、偉大なテノール歌手フィッシャー・ディースカウの
フルトヴェングラー回想本出版と没後59年とは全く思えません。

2014年3月9日

最終更新日:2014-03-09